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広島地方裁判所 昭和53年(ワ)164号 判決

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

(一)  被告らは、各自、原告に対し、金四〇〇万円およびうち金三六〇万円に対する昭和四九年一二月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  一項につき仮執行の宣言

二  被告ら

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求原因

一  原告は、昭和四二年頃、黒川英昭との間で、同人から、同人所有の広島県安芸郡海田町東海田字磯田一七一三番三畑六四平方メートル(以下「本件土地」という)を、代金三六〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、その項、その引渡を受け、昭和四九年七月一五日から同年一二月二日までの間に七回にわたつて、右代金全額を、英昭に支払つた。

二  黒川英昭は、昭和五二年九月一六日死亡した。そして、同人の妻である被告黒川クニ、その子の被告黒川直也、同英知がその相続人であるところ、被告らは、昭和五二年一二月一六日、限定承認の申述をし、右申述は昭和五三年一月二六日受理された。

三  ところで、被告らは、英昭が原告に対し本件土地を売渡しており、したがつて、原告に所有権移転登記をなすべきものであることを了知しなから、英昭が昭和五二年一月二五日に本件土地を山陽観光株式会社に売渡し、更に山陽観光は、昭和五三年五月二日幸本修に売渡したものであるとして、同年五月一二日、中間の山陽観光の登記を省略して、幸本に対し所有権移転登記をなした。

四  前記一記載のとおり、本件土地は、原告が英昭からこれを買い受け、その売買代金も完済し、土地所有権は原告に移転していたが、ただ、移転登記のみがなされていない状態にあつたもので、かかる場合、売主である英昭、その一般承継人たる被告らは、登記簿上本件土地を預り保管しているもの、すなわち他人の物を保管しているものであつて、したがつて善管義務を負うものである。そして、売主として右義務を負う被告らが、前記三のとおり、買主である原告以外の者に所有権移転登記をなし、買主である原告をして取得登記を不能ならしめることは、まさに買主である原告に対する背任行為として民法七〇九条の不法行為を構成する。

そして、原告は、被告らの右の不法行為により本件土地の価格相当の前記代金額三六〇万円と同額の損害を被つた。

五  仮に被告らの前記三の所為が不法行為を構成しないとしても、被告らは、限定承認の申述後、相続財産である本件土地につき幸本に対する所有権移転登記をなしたが、右所為は、民法九二一条一号にあたる所為であるから、限定承認はその効力を生ぜず、被告らは単純承認したものと看做されるものである。

したがつて、被告らは、原告と英昭との間の売買に基づく所有権移転登記義務を承継したものであるところ、被告らは、前記三のとおり、幸本に対し所有権移転登記をなしたことにより、原告に対する右債務は履行不能に帰し、このため、原告は本件土地の価格相当の三六〇万円の損害を被つた。

六  仮に、限定承認が有効なものであり、被告らの前記三の所為が不法行為にはあたらないとしても、限定承認がなされた相続財産は、全相続債権者に対する担保財団を形成し、任意に処分することはできない。仮に英昭と山陽観光との間で売買がなされていたとしても、これに基づく所有権移転登記がなされていないから、限定承認をした被告らは、売買に基づくものとしてこれに移転登記手続をすることはできない。しかるに、被告らは、法定の清算手続に反して、前記三記載のとおり幸本に対し所有権移転登記をなしたもので、これにより、原告は本件土地の代金額相当の損害を被つた。

七  つぎに、被告らは、幸本修に所有権移転登記をした後の昭和五三年五月一三日、幸本修をして、原告が本件土地に植栽していた「さつき」「つつじ」「きりしま」その他時価四〇万円の原告所有の樹木を抜取らせ、これを焼却させて、原告に対し、それら樹木の時価相当の金四〇万円の損害を被らしめた。

八  よつて、原告らは被告らに対し(一)主位的には、四の不法行為を理由に、予備的には、一次的に五の履行不能を理由に、二次的に六の不法行為を理由に、原告の被つた損害三六〇万円とこれに対する昭和四九年一二月三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金、(二)および前記七の不法行為により原告の被つた損害四〇万円を、被告ら各自において支払うべきことを求める。

第三  請求原因に対する答弁・主張

一  請求原因一記載の事実のうち、本件土地がもと黒川英昭の所有であつたことは認める。

その余の事実は否認する。

二  同二記載の事実は認める。なお、昭和五三年一月三〇日、被告黒川クニが相続財産管理人に選任された。

三  同三記載のうち、幸本修において本件土地につき主張の所有権移転登記を経由したことは認める。

亡英昭は本件土地を、同記載の日時、訴外山陽観光株式会社に売り渡し、同社は更に、同記載の日時、幸本修に売渡したところから、被告らは、中間省略登記の方法により、同人に対し直接所有権移転登記をなした。

四  同四、五、六記載の主張は争う、原告が損害を被つたとの事実は否認する。

民法九二一条一号は、相続人が限定承認した後の行為には適用がない。

五  同七記載のうち、被告らが、本件土地上に植栽されていた樹木を原告主張の頃、除去したことは、数量、種別を除き認める。被告らは、訴外会社と英昭との間の売買契約に基づき負担した地上樹木を撤去すべき義務の履行として、これをなしたものである。樹木の価格は知らない。

第三  証拠(省略)

理由

一  本件土地が、もと亡黒川英昭の所有であつたことは、当事者間に争いがない。

そこで、原告主張の売買契約について判断する。

(一)  成立に争いがない甲第一号各証、甲第二号各証、乙第三号証、乙第八号証、原本の存在成立に争いがない乙第一五号証、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第四号証および甲第五号証各証、弁論の全趣旨により原本の存在成立の認められる乙第一〇号証、証人広兼眞澄、同沢田久枝の各証言、原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

原告は、昭和三九年一二月二六日、河野四郎から安芸郡海田町東海田字磯田一七一三番二の土地を取得し、昭和四一年頃同地上に住宅を建築したが、英昭は、これより先の昭和三九年に、右の一七一三番二の土地に隣接する本件土地と分筆後の同番二一の土地を含む当時の一七一三番三の土地を買い受けて所有していたところ、本件土地が原告所有地に相接することと、原告所有地に隣接する側とは反対側のほぼ分筆後の同番二一にあたる土地部分を訴外山岡にその倉庫敷地として譲り渡していたが、残る本件土地にあたる部分は特段の用途にあててはいなかつたことから、昭和四二年頃、原告に対し本件土地を売り渡してもよいとの申入れをなした。これをうけて、その頃、原告、英昭間で、山岡の使用部分を除いた本件土地にあたる部分を、原告が買い受ける、その代金は後日これを確定して支払うとの合意が成立した。そして、その頃原告は英昭からその引渡を受けて、これを菜園等として使用していた。ついで、昭和四九年七月、原告は、英昭から、売買代金の支払方を求められ、英昭との間で、右売買の代金総額を三六〇万円と合意し、同月一五日から同年一二月二日までの間に、七回に分けて、英昭に対し全額を支払つた。そして、原告は、固定資産税を負担する一方、右売買による所有権移転登記手続は、英昭が司法書士であつたことから同人に依頼していたが、その手続がなされないうち、英昭が急死した。なお、前記の一七一三番三の土地、すなわち本件土地と分筆後の同番二一を含む土地は、昭和五〇年一一月二七日、先に昭和三九年一〇月六日付で分筆がなされていた同番一二の土地が合筆され、更に、これから英昭が山岡に売渡した前記同番二一の土地が分筆され、山岡に登記手続がなされた。

(二)  右(一)のとおり認められるところ、まず、前記甲第二号各証は一七一三番二の土地の代金の領収証であるとの被告黒川クニの供述部分、および乙第九号証中の甲第二号各証が他の趣旨で英昭が受領した金員の領収証であるとの趣旨と解される記載は、前記甲第四、第五号各証と原告本人尋問の結果に照らして採用し難い。なお、甲第二号証の一は、証人沢田久枝の証言によると、売買代金の領収の趣旨で英昭から受領したことが明らかであるから、右認定に副うところである。また、甲第二号証の二は代金の領収、同号証の三から七までは、売買代金の領収である旨の記載はあるものの、売員の対象を他と区別する詳細な記載はないものではあるが、原告と英昭間に他に売買がなされた事実を認めるに足る証拠はないから、同号証は前記認定の本件土地にかかる売買の代金の領収とみるべきである。更に乙第一一号証は、原告が租税を負担していた前記認定事実を左右するところではない。そして、前記認定に反する被告クニ本人の供述は、前記(一)掲記の各証拠に照らして採用し難く、他に前記(一)の認定を覆えす証拠はない。

(三)  前記(一)認定の事実によると、原告は、英昭との間で、昭和四九年七月頃、英昭から、本件土地(当時の一七一三番三八二平方メートルおよび同番一二から、山岡が取得した同番二一の部分を除く同番の三 六四平方メートル)を代金三六〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結したものと認められる。なお、原告の主張に照らし、右認定は.売買の成立を昭和四二年当時とする原告主張の事実とは異なる売買契約を認定するものではない。

二  ところで、亡英昭が昭和五二年九月一六日死亡し、その相続人が被告ら三名であること、被告らが同年一二月一六日限定承認の申述をし、それが昭和五三年一月二六日受理されたことは争いがない。

原告は、被告らは、本件土地につき昭和五三年五月一二日幸本修に所有権移転登記をしたもので、右は民法九二一条一号所定の所為にあたるから限定承認の効果は生じないと主張するが、右の登記をなしたのは、限定承認の後であるところ、同条は、限定承認の後に同条一号所定の行為があつた場合には、その適用はないと解されるから、被告らが単純承認をしたと看做され、したがつて、限定承認の効力は生じないものとされるものではない。したがつて、右主張は失当である。

三  つぎに、原告は、本件土地を英昭から買受けたが、未だその登記を得ないうちに、売主の英昭が死亡し、その相続人である被告らは限定承認したものであるところ、かかる場合、原告は登記を経ていない以上、本件土地の取得をもつて相続債権者に対抗し得ず、したがつて相続人である被告らとの関係でも本件土地の取得を主張し得ず、移転登記をも求め得ないものである。ところで、原告は、請求原因四記載のとおり主張するが、この主張は、原告が被告らとの間でも本件土地を取得したと主張し得るものであり、被告らが移転登記手続をすべき義務を負うものであることを前提とするものと解されるから、右主張は、この点で失当というほかない。

四  更に、原告は、請求原因五記載のとおり主張するところ、被告らのなした限定承認は、原告主張の事由によつてその効力が生じないものとは解し得ないこと前記二説示のとおりであり、被相続人の譲受人は限定承認をした相続人に対し、相続財産について、被相続人との売買契約に基づいては、移転登記を求め得ないものであるから、原告の前記主張もこの点で失当である。

五  そこで、請求原因六記載の主張につき検討する。

成立に争いがない乙第三号証によると、被告らは共同相続登記を経たうえで、幸本に移転登記をなしたことが明らかである。被告らは、英昭が山陽観光に譲渡し、更に幸本に譲渡したことから、中間の山陽観光の登記を省略して、前記登記手続をしたと主張するが、英昭と山陽観光との間に売買がなされたとしても、山陽観光が未だ登記を経ないうちに、英昭が死亡し、その相続人の被告らは限定承認したものであるから、本件土地は相続財産とされ、したがつて、本件土地につき前記事由による登記手続をなすべきではなく、右手続をなしたのは、民法九二九条に違反したものというべく、したがつて、管財人である被告クニの責任にとどまるか否かは別として、九三四条による責任を生じ得るものというべきである。

ところで原告は、代金額相当の損害を被つたというところ、原告は、前記のとおり本件土地の取得を主張し得なくなつたものであるから、結局、売買代金の返還を求め得るものと解されるが、被告らの限定承認にかかる清算手続は完了していないことは、弁論の全趣旨により明らかである。本件において、前記所為によつて、弁済を受けることができなくなつたことにより原告に損害が生じたこと、およびその損害の額は、原告においてこれを具体的に立証すべきものと解すべきところ、成立に争いない乙第一六号証によつては、未だこれを確定し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。したがつて、この点で、前記主張も失当というほかない。

六  つぎに、樹木の撤去を理由とする損害賠償について検討する。被告らが、原告主張の日時頃、本件土地上に植栽された樹木を撤去したことは、被告らの自認するところ、証人沢田久枝の証言によると、これら樹木は原告が本件土地に植栽したものであることが明らかではある。

しかし、原告は本件土地の所有権移転登記を経由していないものであるから、限定承認した被告らに対し権原によつて植栽した旨を主張し得ないものというべきである。仮に、しからずとしても、それら樹木の撤去当時における価格は、右証言および原告本人尋問の結果によつては、これを認めるに足らず、他に右の価格を認めるに十分な資料はない。したがつて、前記損害賠償の請求は、その理由がないというほかない。

七  以上によると、(一)原告の請求原因四ないし六記載の主位的および予備的請求原因に基づく請求は、いずれもその理由がなく、(二)請求原因七記載の不法行為に基づく請求も、その理由がないから、失当として、これを棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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